

これが当時としては実によく出来ていて、カセットリボンで印字する代物であったが、まず漢字を打てる事が
驚愕なのであった。
しかし何故ゆえにミシン屋さんが?という疑問は残った。
時期の特定はできないが1970年代から1980年代にかけて急速にワープロの台頭があったのだが
当時は会社にもキャノンの製品を売り込みに来る業者がいて、価格が200万円くらいであった。
東芝あたりが最初にデスクやらフロッピー保管キャビネットなど一式で600万円もした時代であったから
安いやんか、買ってくれと上司に言うと「バカ抜かせ稟議書に上が印鑑押すもんか」などと言う。
自分で持ち回りするわいと粘りに粘った覚えがある。
こんな感じのワープロなのであった。

このころすでにフロッピーという記憶媒体が使用されていたのは凄い事であった。
なにせ会社で公式文書は漢字タイプライターで熟練の作業が伴うもので、タイピストの女子に頭下げて
お願い神様状態だったのだから。そのお願いも頭下げまくって2日3日待たされるのが常であった。
さて、しかしワープロの機械一式がそろったのはいいが、やはりローマ字配列に慣れるのには
少々時間がかかったのだった。
自宅でローマ字をキーボードで打つ習慣が全くなかった訳ではなかった。
時代はNECやシャープがホビー機器の販売をしていて、形状はパソコンそのものであったから
必然にかられてマシン語をポチポチ打ち込んでいたのだ。
それがこれでNEC6000シリーズで玩具に近いものであった。

この機器にあきたらず上位機器の8000を1980年初期に購入し、スピードUPしたのだった

時代はここからワープロをポータブルにノート型で持ち運べる方向に進化するのであります。
続きは次回。




















